「サザエさん」とともに地域にある長谷川町子美術館・記念館

——昨年2020年には、長谷川町子生誕100年を機に、美術館の向かいに「長谷川町子記念館」がオープンしました。

川口:前々から長谷川町子という偉大な芸術家の足跡をきちんと残したいと橋本さんとも話していました。

橋本:町子さんの原画の魅力を、どうやったら多くの方々に伝えられることができるか、美術館として大きな懸案事項になっていました。収集品を展示するだけではなく、長谷川町子という人物や、彼女が生み出した作品を紹介する記念館をつくるという構想が立ち上がったのは自然な流れだったかもしれません。

川口:桜新町周辺で少しずつ土地を探し始めました。用賀につくろうかという話も出たり、やはり桜新町がよいなどと模索を続ける中、夢にも描かなかった美術館の向かいの土地が売りに出されるという情報を手にしたんです。神様がいるというのはこういう時に思いますね。クリスチャンの町子さんに言わせれば、キリストに感謝するんでしょうが(笑)本当に舞い上がりました。

川口:せっかくオープンするのであれば、2020年の町子さん生誕100年にタイミングを合わせようと、一気に記念館構想が動き出しました。町子さんの誕生日は1月30日ですが、お正月明けはまだ寒いし、桜・桃・梅が大好きな方だったので、生誕100年にあたる2020年の春・4月のオープンを目指すことにしました。しかし、新型コロナウイルス感染症が拡大した状況もあって、最終的には2020年7月11日にオープンすることができました。私は町子さんが好きだった樹木などを思い起こしながら、屋外の植栽を中心に進め、町子さんが大好きだった紅枝垂れ桜をシンボルツリーにすることに決めました。館内のことは橋本さんに任せました。

長谷川町子記念館に植えられたシンボルツリーの枝垂れ桜

 

橋本:生誕100年の年は決まっているので、本当にすごいタイミングでしたよね。構想から5年で、出来すぎのような偶然があって敷地が見つかり、美術館と道を一本はさんで長谷川町子記念館をオープンすることができました。

橋本:長谷川町子を100年先まで継承していけるように、ハードとソフトを合致させたものをつくりたい、とまずはプロジェクトチームづくりから始めました。それぞれの分野の精鋭の方々が集まり、ものすごい回数の会議を重ねましたね。

川口:設計施工は伊佐ホームズという木造住宅を主力にしながら、寺や旅館なども手がけている世田谷・瀬田の会社に入ってもらいました。「木のぬくもり」をとても大事にしている会社で、ハードを構築する会社なのに、とても建物はソフトな印象があるのです。細かいことに気がついてくれて、メンテナンスまでしっかりフォローしてもらっています。

橋本:常設展のつくりこみは丹青社です。記念館に新しくできたショップとカフェ(「購買部」「喫茶部」と呼んでいる)はEastという会社に委託し、空間のプロデュースもやっていただきました。美術館に売店はありましたが、カフェスペースの経営は初めてなので、どのようにすればショップとカフェという空間で長谷川町子の世界観を伝えられるかということを考えてもらいました。館長と館長の奥様にも当時のことをインタビューしていただいたり、そういったリサーチを元に、喫茶部では、町子さんが好きだったほうじ茶や、パパイヤのドライフルーツをお出ししたりしています。

長谷川町子記念館展示室1F入口 (写真提供:長谷川町子記念館)

長谷川町子記念館 購買部・喫茶部 (写真提供:長谷川町子記念館)

 

——グッズづくりでのこだわりは?

橋本:購買部と喫茶部では、昭和という時代を単にノスタルジーとして扱うのではなく、時代が育んだ「本当にいいもの」をきちんと残して未来へ伝えていこうとしています。例えば、照明器具は、職人さんに「へら絞り」という技法をつかって形にしてもらい、琺瑯の釉薬は『サザエさん』の表紙絵に使われている色から選んで仕上げています。喫茶部で使っているコーヒーカップも昭和の喫茶店で使われていた厚ぼったいもので、岐阜の多治見の窯元から取り寄せ、100個あるこのカップにはすべて異なるサザエさんの原画イラストが焼き付けられていて同じ絵が一つとないんです。コーヒーは銀座の老舗の豆を使ってドリップしたり、トレイも老舗プライウッド(合板)メーカーのものです。

喫茶部で提供されるコーヒーカップには、100点すべて異なる『サザエさん』の原画イラストが焼き付けられている

 

——ポストカードも活版印刷にするこだわりで、種類もかなり多いですね。

橋本:世界観を伝えるには、やはりある程度の種類をつくらないといろんな人の興味に刺さらないと思うんです。種類と細部へのこだわりも去ることながら、各グッズには作品の制作年が入っていることも特徴的です。町子さんが生きた時代を感じながら使ってもらえるようになっています。年に4回の企画展では、企画に合わせたグッズも制作・展開してもらっています。展示で見たものをお家でも使っていただき、作品の世界観に触れていただけるのはうれしいことですよね。

購買部・喫茶部の店長荒木さん(左)と、スタッフ(右)。天井に見えるのはへら絞りの技法で作られた特注の照明器具

裏に4コマ漫画が掲載された活版印刷のポストカードは20種類もある

川口:記念館を開館するときは、購買部と喫茶部は誰でも自由に出入りできるスペースにしたかったんです。しかし現在は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、展覧会のチケットを持っている方のみお入りいただけます。

——長谷川町子さんの漫画を使ったものだけではなく、昭和に使われていたような道具も販売されていますよね?

橋本:そうなんです。昭和という時代が大切にし、長い時間残ってきたものたちと自然に触れ合える場となっています。お櫃だったり、アルミの鍋やバケツ、葡萄の蔓を使った籠なども販売しています。今を生きる私たちが職人技をきちんと伝えないと、職人さんがいなくなってしまいますし、いいものは今の時代にもいいんですよね。実際、こういった道具もけっこう売れています。プロデュースをしていただいているEastさんは、長谷川町子作品を掘り下げて、作品のよさって何だろう、伝えるためにはどういったものをつくればいいだろうかと考える姿勢がすばらしいです。町子さん自身がとてもお洒落だったことも理解してくださっているので、センスがよくてお洒落で、しかも作品自体には手を加えることなく、作品の世界観を伝える提案をしてくださいます。4コマ漫画を相当読み込まないとできないことで、ありがたいですね。

原画のイラストを使ったグッズと昭和から使われている道具を織り交ぜて販売している

川口:記念館は、日本人として感じる木のぬくもりを大切に、桜新町だから桜を、ということで、エントランスや入って左手の壁やカウンターも桜の木を使っています。実は、美術館の天井も桜の木で、それは町子さんがこだわったんです。

——『サザエさん』は、テレビアニメの印象が強い方が多いと思いますが、美術館・記念館の来館者にどんな体験をしてほしいとお考えですか?

橋本:アニメのイメージが強くて足を運ばないという方もやっぱりいらっしゃるんですが、来られた方も2パターンに分かれます。美術館しかなかった頃の話ですが、「この作品がここにあったんだ!」と驚きを持って感激される美術好きな方と、「サザエさんを見に来たのに無いじゃない!」と帰られる漫画好きな方と。その両方を際立たせながら伝えていく方法がないかとたどり着いたのがこの記念館の開館でした。

川口:『サザエさん』は大多数の方に知られていますが、アニメは知っていても原作となると、まだまだご存じない方が多いのが現状なんですよね。長谷川町子美術館と言うと、「前に行ったことがある」という方が多いのですが、展示替えでがらっと作品もかわるので、何度でも来てほしいです。

橋本:記念館の1階の常設展示室では、町子さんの代表作『サザエさん』『エプロンおばさん』『いじわるばあさん』を紹介しながら、当館でしか御覧いただけない原画のデータベース、そして、4コマ漫画の世界から抜け出したような板塀落書き体験や、町子さんの絵本や塗り絵の世界にどっぷりつかっていただけるよう、デジタルとアナログの両方からアプローチしています。2階の常設展示室では、町子さんの生涯を写真や残された作品と共に紹介しています。企画展示室では毎回様々な角度からテーマを決めて、長谷川町子作品の魅力をより深く知っていただけるよう心がけています。美術館での町子さんが集めた美術工芸品の世界と、記念館での漫画家・長谷川町子の世界、この二つを一緒に体験していただきたいです。

タッチパネルを操作して原画が見られるようになっている
板塀への落書きはプロジェクションで表現されている(写真提供:長谷川町子記念館)

川口:漫画は昭和の時代のものですが、町子さんの絵にはいつも新しいものが描かれていました。時代の先々を漫画にしていて、高速道路がない時代に車が空を飛んでいる漫画を描いていたり、大阪万博や東京オリンピックなどのこともたくさん描いていました。

橋本:そういった世界観を知れる空間があること、お買い物帰りに立ち寄れる美術館・記念館があることを、最大限に味わってほしいです。

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