世代をつなぎ、まちの人の胃袋になる きさらぎ亭

——2代目としてどのような決意でお店を引き継いだのでしょうか。

両親と同居しているので、仕事終わりに夜な夜な家で議論する感じでしたが、クラウドファンディングの盛り上がりを見たり、閉店前の1週間はすごくたくさんのお客さんに来ていただいて、父も私がお店を続けることを認めてくれたのかなと思います。「最後はやってみたら。」と言われました。

私が引き継いで代表をつとめても、最初は、母が昼、夜は父、それを私が手伝うという感じだったんです。私はずっと補佐のままで、ちょっと不満もあったんですよ。父も歳をとってきたし、父の働く時間を短くして、母に「私が昼の責任持つから、夜の人になってくれない?」と、担当を逆転させました。父は体も弱ってきていたし、次第にお店には出なくなって、亡くなる前の1年ぐらいは家にいましたね。でも、同居で毎日顔は合わせていて「今日お店はどうだったか?」と聞いてくるし、私も報告していました。

父が歳をとってきたというのが一番にありますが、自分のお店だという責任をもつためにも、私が店に立たないとと思っていました。それでも今も、父の言われた通りのものを出しているつもりなんです。「野菜いっぱいで」とか、「ご飯は山盛りで」とか。本当は儲からないからこんなことしない方がいいのですけど、父がこれは貫き通せって言っていましたし、お客さんはそれを求めているし、喜んでくれる。父の想いも味も全部守るから私にやらせてくれという風に、自然に父と入れ替わった感じです。子どものときから手伝っていて、誰よりも知っているからできたことでもありますね。


横山茜さん(右)と母・小山律さん(左)

——横山さんの、1日のお仕事の流れを教えてください。

朝7時に来て、9時半頃にパートやアルバイトの方が来るまでは一人で仕込みをします。今まで母がやっていた、煮込みを作る、フライものの準備など、仕込みのすべてですね。天気を見て何が出そうか予想し、調整します。今日は暑いから刺身が出そうと思ったらマグロを多めに用意したり、給料日前はサバの味噌煮がよく出るので、準備をしたりします。パートの方が来たらキャベツを切ってもらったり、お米を炊いてもらったりして、その間に私は銀行や買い出しなど、オープンぎりぎりまで走り回っています。近所の八百屋さんだったり鶏肉屋さんだったり、前の店のときから引き続き地域の業者をさんとの付き合いを大事にするということは決めていました。


笑顔がとても素敵な横山さん

お店は11時にオープン、15時45分のラストオーダーで 、16時までです。お客さんはコロナ禍前の半分くらいまで減りました。 この店になってから、半分以上の期間コロナ禍なので、大変です。

母が16時頃に来て、17時までの1時間くらいで、引き継ぎをします。 昼間は何が出たから夜は何が出るだろうとか、これが足りないからお母さんお願いとか話をして、私の仕事は終わります。帰宅したら家族の晩御飯を作らなきゃいけないし、ずっと立って、ずっとご飯を作っているんです。でも好きだからしょうがないのかな。


昼担当の横山さんと夜担当の母・小山さんが入れ替わるときにいつも引き継ぎを行っている

——きさらぎ亭のこだわりは?

お肉や野菜は、なるべく国産のものを使っています。先代から言われてそうしていますが、とにかく利益が少ないです。キャベツも死ぬほど高いときがあるんですよ。でも量を減らすわけにはいかない。減らしたら負ける気がして、そういうときは耐え忍んでいます(笑)。


大盛りのご飯を盛り付ける横山さんと(上)店内に掲示されたフードロスを減らすための張り紙(下)

——桜新町はどんな魅力のあるまちだと思いますか?

子ども頃からいるからこのまちが基準になっていて、他はあんまり知らないんです。唯一比較できるとしたら大阪でアーケードがある商店街の近くに住んでいたときに、賑やかでお祭りみたいな感じで楽しいなと思っていました。でも、桜新町は静かで、それでいて家族が楽しめる商店街なのがいいですね。チェーン店が増えて、どこも同じような商店街の風景になっていくなか、個人店が多いのも魅力だと感じていて、うちもその一つとして頑張っていかなきゃなって思っています。

——きさらぎ亭はどんな方に訪れてほしいですか?また、訪れた方に、どのように桜新町を楽しんでもらいたいですか?

普段来てくださってる方は地元の方が多いです。仕事の合間にとか、工場で働く方や、学生など、やっぱり地元の方に来ていただきたいですね。「埼玉から行こうと思ってるんですけど、空いてますか」とか、よく電話があったりするんですけど、わざわざ埼玉から来るような店じゃないですよって言いたくなります。週に1回でも、2回でも、地元の方の胃袋になれたら、それが一番です。

今は、テイクアウトもやっているので、うちのチキンカツと、例えば商店街で魚徳さんの焼き魚とか桜新町で買い物してもらって、あとご飯だけ炊けばいいという風に使ってもらえたら有り難いです。


不動の人気の煮込み定食

——桜新町という地域にとって、きさらぎ亭はどのような関係でありたいと思いますか?また、商店街に期待することはありますか?

私はお客さんの名前も知らないし、ここに来て食べているときの姿しか知らない。「この人はチキンカツが好きな人」「この人はマヨネーズいらない人」っていうのはすごい覚えているけど、どこに住んで何をしているとか全然知らないです。まちで見かけると、「あ、ハンバーグの人だ。」とか思いながら、通りすぎたりしています。でも、それくらいの関係性があれば、天災が起きたときにお互い声をかけたり、助け合うことができるのではないかな。

商店街のことで言えば、私がお店を始めてから、コロナ禍で「さくらまつり」「ねぶたまつり」も実施されてなくて、さびしい数年だったので、お祭りのときなどに関わって盛り上げられたらいいなと思います。桜新町の知名度をいかしたPRも大事ですし、商店街のお店の皆さんとも連携をしていけたらいいな、と思っています。別にイベントをしなくてもいいから、どこの誰さんだねってお互いわかり合える関係ができていたら、それだけで困ったときに、助け合えるから。古くからある店とは、通るときにあいさつしたりしますけど、新しいお店の人や、若い人とも知り合いたいですね。

[ 取材日 ] 2022年3月8日
[ 聞き手・構成・写真 ] 米津いつか

きさらぎ亭
[所在地]東京都世田谷区桜新町1-40-10
[電話番号]03-3426-1482
[アクセス]東急田園都市線 「桜新町駅」下車徒歩7 分
[Twitter]https://twitter.com/kisaragitei

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